ここでは、登記が不動産物権変動の対抗要件であるということの意味について検討していきます。
民法177条は、不動産の物権変動(得喪変更)は、「登記をしなければ、第三者に対抗することができない」と定めています。
この「対抗することができない」という文言は、次のような意味を持ちます。
① 物権変動は、登記をしなくても、当事者間では有効である。
② 当事者は、登記をしなければ、物権変動の効力を第三者に対して主張することができない。(第三者は、未登記の物権変動の効力を否認することができる。)
③ 第三者は、登記をしていない物権変動の効力を承認することもできる。
具体的な事例を挙げてこれらの意味を確認していきます。
AはBに対して自己所有の甲土地を売却したが、登記はまだA名義のままであった。後日、AのもとにCが現れてBよりもよい条件を提示したので、Aは甲土地をCに対して売却した。
この事例では、いったん物を売却したあとで、さらに別人に同一の物を売却しています。いわゆる二重売買(二重譲渡)の事例です。
(1) AB間の関係(第一売買)
物権変動は、「当事者の意思表示のみによって、その効力を生ずる」(176条)から、AB間の甲土地の所有権移転は登記(所有権移転登記)がなくても有効です。
したがって、売主(譲渡人)Aは、まだ登記がなされていないからといって買主(第一譲受人)Bへの所有権移転を否定することはできません。
(2) AC間の関係(第二売買)
AC間の売買はAB間の売買に後れて成立しており、すでに甲土地の所有権は第一買主であるBのもとへ移転しています。したがって、第二買主のCは、無権利者となったAから甲土地を購入しても所有権を取得することはないと言えそうです。
しかし、多くの学説は、第二買主Cの所有権取得を認めます(二重譲渡の肯定)。
(3) BC間の関係(対抗関係)
BとCとは、それぞれAとの売買契約が有効である以上、いずれも自己が所有権を取得したことを主張する立場にあります。
しかし、一つの物の上には一つの所有権しか成立しないとする一物一権主義(排他性)の原則からすると、BC双方の所有権の主張は両立しません。
このように、同一の権利の帰属をめぐって両立しない主張をする者同士の関係を、対抗関係とよびます。
また、BC間における甲土地の所有権の帰属をめぐる問題のような、互いに両立しえない物権変動どうしの優劣を決定する問題を対抗問題とよびます。
(4) 177条の適用
民法はこの問題を解決するために、物権変動の当事者は、登記をしなければ、その物権変動の効力を第三者に対抗することができない、と定めています(177条)。
「対抗する」というのは、法律関係の効力を当事者以外の第三者に対して及ぼすことを意味します。当然に第三者に対する効力(対抗力)が生じるわけではなく、それを主張するか否かは対抗しうる立場にある者の選択によります。
したがって、上の事例において仮にCが先に登記をすませたとすると、登記をしていないBは(AB間の法律関係から見て)第三者であるCに対して所有権取得を主張することができません。
Bは、Aに対して債務不履行による損害賠償責任(415条)を追及するしかありません。
一方、登記をしたCは、(AC間の法律関係から見て)第三者であるBに対して自己の所有権取得を主張することができますが、反対にBの所有権取得を承認することもできます。
以上のように、二重売買のような事例においては、民法177条の適用によって、先に登記をした物権変動が優先することになります。
どちらも登記をしない場合、二重譲受人はお互いに自己の所有権取得を対抗することができず、どちらかが登記をするまで所有権の帰属先は確定しません。
二重売買の事例において、最初の売買によって売主から買主に目的物の所有権が移転した結果、売主はすでに無権利者となったはずなのに、再度、売買契約によって別の買主に同一の所有権を移転することができるのはなぜか、そもそもこういった二重譲渡は法的に可能であるのかという問題があります。
この問題について、理論的な説明がさまざまに試みられてきました。代表的な学説としては次のようなものがあります。
① 不完全物権変動説
登記をともなわない物権変動の効力はいまだ不完全であり、売主は完全な無権利者となるわけではないから、第二買主への譲渡も可能であるとする説です。
② 公信力説
最初の売買で売主は完全な無権利者となるが(二重譲渡の否定)、売主が所有者であるという外観(登記)を信頼した第二買主を保護するために権利取得を認める、つまり、登記に公信力を認める説です。
③ 法定制度説
法が二重譲渡が可能であることを前提として制度設計されている以上、二重譲渡の可否を問うことは無意味であるとする説です。
不動産をめぐる物権変動があった場合、その公示方法として登記が要求されます。しかし、登記がなければ当事者間で物権変動の効力が生じないわけではありません(176条参照)。つまり、登記は物権変動の成立要件ではありません。
ところで、ある法律関係の効力を第三者に対して及ぼす(対抗力を有する)ために、成立要件とは別に一定の条件が要求されているとき、その条件を対抗要件といいます。
すでに見たように、民法177条は、不動産に関する物権変動の効力を第三者に対して主張するには登記が必要であると定めています。つまり、登記は、不動産物権変動の対抗要件です。
不動産(土地・建物)の登記に関する手続きは、不動産登記法の定めるところによります。
立木(樹木の集団)の登記については、「立木ニ関スル法律」の定めるところによります。
民法177条は、登記をしなければ第三者に対抗することができない物権変動の範囲をとくに限定していません。
したがって、どのような原因によって生じたかを問わず、すべての物権変動に対して177条が適用されると解することができます(大連判明治41.12.15ー生前相続に関する判例)。
初期の判例・学説は、177条が適用される物権変動(登記を対抗要件として必要とする物権変動)の範囲を意思表示による物権変動に限定していました(制限説)。177条は、176条を受けてこれを制限する例外的な規定であると考えたためです。
しかしその後、物権変動の原因を問わずに広く177条が適用されるという立場に変更されました(無制限説)。取引の安全のためには物権変動の原因を区別せずに登記を要求すべきであることを主な理由とします。
もっとも、現在の学説は、177条は意思表示以外の原因による物権変動にも適用されることを原則としつつも、例外的に、登記なしに物権変動の効力を第三者に対して主張できる(対抗力を有する)場合があることを認めています。
177条を適用すべきか否か(対抗要件としての登記が必要か否か)が問題となる具体的な場面として、取消し・解除、時効取得、相続などがあります。