〔考察〕一般法人法78条等と民法715条の比較
法人は、代表者と被用者(従業員)のいずれであっても、その行為によって他人に損害を生じさせた場合には賠償責任を負う。加害行為者が代表者であるときは一般法人法78条等の規定が適用され、被用者であるときは民法715条が適用される。
両規定の違いは、免責規定の有無にある。民法715条には使用者を免責する旨の規定があるが(1項但書)、一般法人法78条等には法人の免責規定が存在しない。しかし、民法715条の免責は事実上認められていないので、実際上の違いはないに等しい。
いずれも加害行為者と法人とは連帯して責任を負い、また、法人は加害行為者に求償することができる(被用者に関して同条3項)。報償責任の原理が責任の実質的根拠とされる点も同じである。
法人は、民法709条によって直接に不法行為責任を負うこともあるとする考え方が主張されている。
たとえば、公害事件において、公害の原因となる事業を行う企業に対してその責任を追及したいときに、企業内部の事情に疎い被害者側が特定の被用者の過失を立証しなければならないとするのは被害者側に酷であり、けっして公平であるとはいえない。
そこで、被害者側が過失を証明するときの負担を軽減するため、企業組織全体を一個の加害者としてとらえて企業(法人)自体の過失を認めようとするのである。
判例は、当初、職務または事業の執行であると言えるには、現に職務または事業の執行としてなすべきことが存在しなければならないとしていた(大判大7.3.27―穴戸倉庫玄米空渡し事件)。しかし、民法715条に関する大判大15.10.13以降の判例において外形理論が採用されるようになった。
判例の外形理論は、取引行為による不法行為を念頭に、取引の相手方の信頼を保護することを目的として形成されてきたものである。そうすると、事実行為については被害者の信頼は問題とならないのであるから、事実的不法行為について外形理論が妥当するかは問題である。
(1) 取引的不法行為と法人の責任
不法行為には、事実行為によるもの(事実的不法行為)と取引行為によるもの(取引的不法行為)とがある。後者は、代表者がその職務を逸脱ないしは濫用して取引を行うような場合であるが、判例はこのような場合に、外形理論によって、法人の不法行為責任を肯定する(最判昭41.6.21―市長の越権行為について市の不法行為責任を肯定)。
〔参考〕市町村長の越権行為
取引的不法行為が問題となった事案の多くは、地方自治体の長(市町村長)の越権行為に関するものである。一般の法人においては、代表者が内部的制限を逸脱して取引しても、旧(平成18年改正前)民法54条(現在の一般法人法77条5項等)の適用によって法人は取引に関する責任を負うので、あえて法人の不法行為責任を問題とする必要はない。これに対して、自治体における市町村長の代表権の制限は法令による原始的制限であって、法人内部の制限ではないため、自治体には旧54条を適用することができなかった。そこで、旧民法44条(現在の一般法人法78条等)の適用(類推適用)によって自治体(法人)の不法行為責任を追及することが行われた(大判昭15.2.27など)。
(2) 民法110条との関係
ところで、代表者(被用者)がその職務権限を逸脱して取引した場合には、法人(使用者)が民法110条の表見代理責任を負うことがある。そこで、一般法人法78条等と民法110条との適用順序が問題となる。相手方保護という観点からすれば、まずは取引行為を有効にすべきであるという理由から、民法110条を優先的に適用すべきであるとする見解が有力である。
しかし、より重要な問題は、代表者の取引行為について民法110条の表見代理責任が否定された場合にもなお、一般法人法78条等の法人の不法行為責任が成立する余地を認めるべきかどうかである。
表見代理責任の規定は、取引の相手方保護のために認められたものである。一方、法人の不法行為責任の規定に関する外形理論の趣旨も、取引行為に関するかぎりで行為の外形に対する相手方の信頼を保護することにある。とすれば、双方の規定の間であまりに適用要件が異なってしまうのは、制度間のバランスを欠くものと言える。表見代理とのバランスを考慮するのであれば、法人の不法行為責任についても相手方の主観的事情を要件とすべきことになろう。
そこで、判例は、代表者のした行為が、その外形上、職務行為に属するものと認められる場合であっても、相手方がその行為が職務行為に属さないことを知っていたか(悪意)、または知らないことについて重大な過失のあったときは、法人は相手方に対して責任を負わないとする(最判昭50.7.14―町長の越権行為による手形裏書行為について相手方の重過失を理由に法人の責任を否定)。(判例のこの要件では、相手方に過失があるために表見代理が成立しない場合であっても、相手方が重過失でないかぎり、法人の不法行為責任が成立する余地がある。)
もっとも、政策的な観点からみて、表見代理の効果(権利義務の帰属)は認められないが、法人の不法行為責任(損害賠償責任)であるならば認めうるという場合もある。株券の偽造がその適例としてよくあげられる。